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三陸海岸大津波(吉村昭)

この作品が描かれた当時、三陸沿岸は過去に3度も大津波に襲われていた。明治29年、昭和8年、昭和35年。いったいそこから人々は何を学んだのか?津波を体験した人たちの証言をもとに、当時の状況を克明に描き出した作品。

過去に何度も大津波に襲われた三陸地方。「ここまでは来ない。」「来てもたいしたことはないだろう。」そういう考えが悲劇を生んでしまった。その証言の生々しさに、読んでいて胸が痛くなる。「地震が起こり津波の心配があるときは、まず逃げろ!」その教訓は、どんな時代になっても決しておろそかにしてはいけない。だが、年月は人の心を変えていく。そして、恐怖の記憶が薄れかけた平成23年、再び大津波は起こった。この本に書かれたような悲劇がまたしても起こってしまった。目に飛び込んでくる映像が、現実のものだとはどうしても思えなかった。それくらい悲惨な光景があちこちに見られた。繰り返される悲劇に言葉もない。津波を完全に防ぐことは不可能かもしれない。だが、犠牲者を出さない対策なら可能ではないのか?二度とこのような悲劇が起こらないことを切に願うばかりだ。この作品が、これから先もずっと教訓本として多くの人に読まれることを望んでいる。



| 吉村 昭 | 19:54 | comments(0) | ゆこりん |


関東大震災(吉村昭)

1923年(大正12年)9月1日、関東地方を激震が襲った。逃げ惑う人々に、今度は大火災が襲いかかる。20万人もの犠牲者を出した関東大震災を、生き残った者の証言を交え克明に描き出した作品。

1923年9月1日午前11時58分、平和で穏やかな暮らしが突如破壊された。激震は建物を倒壊させ、人々を恐怖のどん底に突き落とす。だが、本当の恐怖はそれからだった。安全な場所に避難してほっとしていた人たちを、今度は炎が襲った。地震後あちこちから起こった火災が、恐ろしい勢いで広がったのだ。黒焦げの死体、そして川には炎を逃れようと飛び込み溺死した人々の死体が・・・。逃げ惑う人たちの阿鼻叫喚が聞こえてくるようで、読んでいて背筋が寒くなった。生活のすべてが破壊され、大切な人を失い、すさんでいく人々の心。そこに、デマが流れる。「朝鮮人」その言葉で人々はおのれを見失い、誤った情報に操られるように朝鮮の人たちに危害を加えていく。犠牲者の何と多いことか!まさに狂気の世界だ。災害の恐ろしさをまざまざと見せつけられた。冷静な判断や行動、そして正確な情報の把握がいかに大切かがよく分かった。この作品は、決して忘れてはいけない災害の記録の書だ。ひとりでも多くの人に読んでもらいたい。



| 吉村 昭 | 19:04 | comments(0) | ゆこりん |


破獄(吉村昭)

犯罪史上他に例のない4度の脱獄をやってのけた佐久間清太郎。いったい彼はどのようにして脱獄することができたのか?彼と看守たちとの攻防を描いた作品。

どんなに頑丈な手錠をかけ警備を厳重にしても、彼は脱獄する。難攻不落と言われた網走刑務所からも、やすやすと逃げてしまう。世の中に100%完璧なものなどない。99.9%完璧だとしても、佐久間は残り0.1%の不完全さを見抜いてしまう。その彼の洞察力や行動力、そして知恵には驚嘆させられた。破ろうとする者と破られまいとする者の行き詰るような攻防戦は、読んでいてとても面白かった。彼はこの先どうなるのか?彼の行く末が気になったが、ラストの鈴江と佐久間の交流は、胸に迫るものがあった。実際に起こったできごとをもとに書かれているだけあって、現実味あふれる作品だった。



| 吉村 昭 | 14:15 | comments(0) | ゆこりん |


雪の花(吉村昭)

「天然痘で死ぬ人をなくしたい!」
医師としての純粋な情熱から笠原良策は、異国で発見された方法・・・「種痘」を福井でも行なおうとする。しかし、そこには多くの困難が待ち受けていた。

子供からほかの子供へ種痘を繰り返し、痘苗をきらすことなく運ぶという今では考えられない方法で、良策は福井へ痘苗を運ぶことに成功する。だが、それで終わりではなかった。種痘の重要性を多くの人たちに理解してもらうという大仕事が待っていた。古くからの考え方を取り除き、新しい医学の方法を実践しようとするとき、そこには多くの障害がある。良策がその障害を乗り越えたとき、人々も天然痘の死の恐怖から開放された。それはとても感動的だった。私財を投げ打ってでも人の命を救おうとした良策に、医師としての本来あるべき姿を見た。実在した人物を描いた作品だったので、とても興味深かった。



| 吉村 昭 | 16:58 | comments(0) | ゆこりん |


漂流(吉村昭)

土佐の国の長平ら4人の乗った船が嵐により遭難。やっとの思いでたどりついた島は、船も通らぬ日本本土からはるか彼方の無人島だった。そこで長平たちを待ち受けていたのは・・・。

壮絶な戦いだった。無人島での生活は過酷を極める。飲料水や食べ物の確保は一番切実な問題だ。長平たちは知恵を絞り、さまざまな問題を解決していく。島での暮らしが落ち着いてくればくるほど、次に彼らを苦しめるのは望郷の念だ。島を脱出する方法はどうやっても見つからなかった。だが、極限まで追い詰められても、長平は決して希望を捨てなかった。「生き抜く。そして日本に帰る!」その不屈の精神には鬼気迫るものがある。どんなときでも前へ進むことをやめなかった彼らが最後につかんだものは・・・。読み始めてからラストまで、一気だった。「あきらめないで信念を貫けば、いつか道は開ける。」そう強く感じさせる作品だった。オススメです。



| 吉村 昭 | 15:49 | comments(0) | ゆこりん |


高熱隧道(吉村昭)

昭和の初め、黒部峡谷では黒部第3発電所の電源開発工事が積極的に進められていた。この工事に必要な資材を輸送する軌道トンネルの工事も行われていたが、それは世界隧道工事史上きわめて特異な、そしてきわめて困難な工事だった。

工事をしている場所の岩盤の熱さは160度以上。放水しながらの工事でも、過酷さを極めた。人間が生きられる環境ではない。そんなところで人夫たちは昼夜を問わず働き続ける。転落事故、雪崩事故、ダイナマイトの自然発火による爆発事故などで、次々に犠牲者は増える。黒部第3発電所が完成するまでに犠牲者は300人を越えた。この犠牲者の数だけでも、工事がいかに困難なものであったのかが分かる。読んでいてただただ驚くばかりである。それにしても、自然というのは何と厳しいものか!決して人を寄せつけようとはしない。その自然に戦いを挑んだ人間たち。トンネル貫通が勝利と呼べるのか?素直に喜べない苦さが残った。



| 吉村 昭 | 15:54 | comments(0) | ゆこりん |