きのうの神さま(西川美和)
2009.09.16 Wednesday
父が倒れたという知らせを受け、病院に駆けつけた慎也。「兄は来るだろうか?」慎也の兄は父を尊敬し、父と同じ職業の医師をめざしたのだが、あるできごとがきっかけでまったく別の人生を歩み始めた。長いこと会っていない兄との再会は?そして父の様態は?「ディア・ドクター」を含む5編を収録。
5編の中で一番印象に残ったのは「ディア・ドクター」だ。父を尊敬し父と同じ医者をめざしたけれど、結果的にまったく別の人生を歩むことになった兄。それは父の態度に大きく関係があった。兄が父を尊敬すればするほど、父は兄に背を向けた・・・。父の心情は語られていないが、おそらく戸惑う気持ちがあったのではないだろうか。「自分はそんな人間ではない。」そういう思いが心の中に渦巻いていたに違いない。純粋な気持ちで尊敬のまなざしを向けられ、うろたえる父の姿が目に浮かぶようだ。父は兄が嫌いなわけではなかったと思う。むしろ、愛情を持って見つめていたはずだ。ちょっとした心のすれ違いが父と息子の間に大きな溝を作ってしまったが、新たな絆がまた生まれていくのだろうという期待を持つことができるラストで、ほっとさせられた。そのほかの4編も、味わい深い話になっている。会話の描写も絶妙で、息づかいまで伝わってくるような生々しさを感じた。さまざまな人間ドラマがちりばめられている、読み応えのある作品だった。
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